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東京地方裁判所 平成7年(ワ)1818号 判決 1996年2月29日

原告

佐々木吉之助

右訴訟代理人弁護士

栃木敏明

右訴訟復代理人弁護士

新穂均

清永敬文

被告

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤亮一

右訴訟代理人弁護士

多賀健次郎

中馬義直

舟木亮一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告に対し、被告発行の雑誌「週刊新潮」並びに日本経済新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、産経新聞及び東京新聞の各朝刊全国版社会面広告欄に、別紙一記載の謝罪広告を同記載の条件で一回掲載せよ。

第二  事案の概要

本件は、被告の発行する週刊誌に掲載された記事の見出し及び同誌宣伝のための新聞広告の見出し並びに原告の顔写真が、原告の名誉を毀損し、肖像権を侵害した結果、原告が損害を被ったとして、不法行為に基づいて損害の賠償及び謝罪広告の掲載を求める事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和四六年五月四日、株式会社桃源社(以下「桃源社」という。)を設立し、設立以来現在まで同社の代表取締役を務めている事業家で、アメリカの経済誌「フォーブス」に世界有数の資産家として紹介されたことがある者である。

被告は、雑誌、書籍の編集、企画、制作及び発行等を目的とする会社であり、週刊誌「週刊新潮」を発行している。

2  被告は、平成六年一二月一日、同日発売の「週刊新潮」一二月八日号(以下「本件週刊誌」という。)を発行したが、本件週刊誌の五三頁から五六頁にかけて、別紙二記載のとおり「特集・東京都税金Gメンが逆に怒鳴られた『二千三百億』滞納者」との見出し(以下「本件見出し」という。)で、水野健、横井秀樹、朝比奈二郎及び早坂太吉と並んで原告の顔写真(以下「本件写真」という。)入りの記事(以下「本件記事」という。)を掲載し、全国の不特定多数の者に閲読させた。なお、右記事中には、原告は、「佐佐木吉之助」という通称名で記載されている。

また、被告は、同月一日付けの朝日新聞、日本経済新聞等主要新聞の朝刊に、本件週刊誌の宣伝広告として、別紙三記載のとおり本件見出しとともに、横井秀樹及び朝比奈二郎と並んで本件写真を掲載し(以下「本件広告」という。)、全国の不特定多数の者に閲読させた。

二  争点

1  原告の主張

(一) 本件見出し及び本件写真による名誉毀損

本件写真とともに掲載された本件見出しを一般読者の普通の注意と読み方を基準に解釈した場合、「二三〇〇億円ないしそれに準ずる相当額の都税を滞納していながら、開き直って逆に都の税金Gメンを怒鳴りつけたり、これと同様の不誠実な対応をした者がおり、その中の一人が原告である」というものになる。

しかし、原告自身は都税を滞納しておらず、桃源社の都税滞納額は、二三〇〇億円ないしそれに準ずる相当額と比較すればはるかに少額であるし、原告は、桃源社の納税方法について、都税事務所の職員との話し合いにより合意に達しており、税金Gメンに対し反抗的な態度をとったことはなく、ましてや怒鳴りつけたことなど一度もないのであって、本件見出しと本件写真により原告の社会的評価は著しく低下せしめられた。

実際に、本件記事の本文には、「二三〇〇億円ないしそれに準ずる相当額の都税を滞納していながら、開き直って逆に都の税金Gメンを怒鳴りつけたり、これと同様の不誠実な対応をした者がおり、その中の一人が原告である」という趣旨の記載はないことから、本件見出しと本件記事の本文とは明白にかつ著しく齟齬している。

仮に、見出しによる名誉毀損の成否は、見出しのみを独立して取り出して判断するべきものではなく、記事本文と一体のものとして記事全体の趣旨によって判断するべきものであるとして、本件週刊誌に掲載された本件見出しと本件写真とが、本件記事の本文と併せて考慮され、原告の名誉を毀損するものではないといえるとしても、本件広告については、端的に広告に記載された内容のみで判断するほかなく、本件記事の本文を併せて見出しを解釈する余地はないことから、少なくとも本件広告は原告の名誉を毀損するものである。

よって、被告は、本件見出しと本件写真とを掲載したことにより、原告の名誉を毀損した。

(二) 本件写真による肖像権侵害

原告は、本件写真の掲載につき、被告から一度も取材を受けておらず、事前にも事後にも許諾を与えていない。

そして、前記のとおり「二三〇〇億円ないしそれに準ずる相当額の都税を滞納していながら、開き直って逆に都の税金Gメンを怒鳴りつけたり、これと同様の不誠実な対応をした者がおり、その中の一人が原告である」という意味にしか解釈できない本件見出しは、事実に反する虚偽のものであるところ、このような原告とは無関係で内容虚偽の事実に添えて本件写真を掲載することは、表現方法として極めて不当であり、仮に、本件記事がいわゆる公衆の関心事についての記事であり、原告がいわゆる公的人物であるとしても、被告の行為の違法性を阻却することはない。

よって、被告は、本件写真を掲載したことにより、原告の肖像権を侵害した。

(三) 損害

本件見出し及び本件写真による名誉毀損と肖像権侵害とが相まって原告に与えた精神的損害は、金額に換算して一億円を下らない。

(四) よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として慰謝料一億円のうち一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成六年一二月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、原告の名誉回復のための適当な処分として第一請求の2項記載のとおり謝罪広告の掲載を求める。

2  被告の主張

(一) 本件見出し及び本件写真による名誉毀損について

見出しは、本文の内容を簡略かつ端的に表示し、読者の注意を喚起し本文を読まさんとする意図を有する性質上、多少の表現の誇張・齟齬が許されるものであるから、記事本文の内容を真実として争わない以上、見出し自体が名誉毀損として違法とされるためには、①見出しに記事本文の内容との背理があること、かつ、②見出し自体の事実の公共性・公益性・真実(相当)性が認められないことが必要である。そして、①見出しと記事本文の内容との背理の判断にあたっては、記事本文との対照がなされるのが当然であり、見出しのみをことさら独立に取り出して判断するものではない。

本件見出しは「特集・東京都税金Gメンが逆に怒鳴られた『二千三百億』滞納者」(複数の顔写真を含む。)であり、記事本文の内容は、増大している都税滞納額二三〇〇億円についての特集記事であり、その内訳、多額滞納者の紹介、その徴収方法、怒鳴りつける者もいる徴収に対する滞納者の対応等の悪さなどであって、本件見出しに本件記事の本文との背理はなく、本件見出しは、見出しとして社会一般に許容される誇張・齟齬の範囲内のものである。

(二) 本件写真による肖像権侵害について

本件記事は国民(住民)の意見が反映されるべき租税につき、都税滞納額過去最高という都財政政策上の問題点について国民から当然批判されるべき現状を指摘、批判した記事にほかならず、租税という公衆一般の関心の対象となるべき事項にかかわるものである。

原告は、慶応大学卒業後医師となったが、その後桃源社を設立して不動産業に転身した異色の経歴の持ち主であり、わが国の不動産業界大手の桃源社の代表者として、経済活動を通じて多数の取引先の債権者債務者、同業者、株主、租税の納付先の国、地方公共団体等社会に多大なる影響を与え責任を負うべき企業経営者として批判・評価の対象となる公的人物の地位にある者である。

そして、およそ週刊誌の記事及び見出し広告中に、対象となる記事に関する写真(顔写真)を掲載することは公知の事実であり、表現の自由における必要な限度のものとして社会一般に受忍されているところ、本件で争われているのは本件記事及び本件広告中の顔写真のみであり、それ自体特に秘匿されるべき態様の写真でもない。

よって、被告による原告の顔写真の掲載行為は、いわゆる公衆の関心事の法理及び公的人物説により違法性が阻却され、被告は損害賠償責任を負わない。

第三  争点に対する判断

一  本件記事中の本件見出し及び本件写真による名誉毀損の成否について

「特集・東京都税金Gメンが逆に怒鳴られた『二千三百億』滞納者」との本件見出し自体では、具体的に誰が税金Gメンを怒鳴ったかは不明であり、一般読者は、見出しに続く記事本文を見て内容を理解するのが通常の読み方であるといえるから、本件記事中の本件見出し及び本件写真のみをことさら取り出して名誉毀損の成否を判断するのは相当ではなく、本件記事全体からその趣旨を判断するべきである。

本件記事の本文は、別紙二記載のとおりであるが、その内容を概観すると、東京都の都税滞納額は総額二三〇〇億円に達しており、その内訳は土地絡みの税金、法人二税等であること、多額滞納者の顔ぶれを紹介し、その中で原告が社長を務める桃源社もワーストテンに入っていること、徴収方法として職員が自宅に出向く場合もあるが、その職員を怒鳴りつける者もいるなど滞納者の対応が悪いことなどが記載されている。

そこで、本件見出しを記事本文と併せて読めば、本件見出しは、都税の滞納総額が二三〇〇億円にも達していること及び滞納者の中には、納付を求められて逆に都の職員を怒鳴りつけるような対応をする者もいることを表現したにすぎないといえ、原告が主張するように、「二三〇〇億円ないしそれに準ずる相当額の都税を滞納していながら、開き直って逆に都の税金Gメンを怒鳴りつけたり、これと同様の不誠実な対応をした者がおり、その中の一人が原告である」との趣旨であるとは到底解釈できないことから、本件見出し及び本件写真が原告の社会的評価を低下させるものと認めることはできない。

二  本件広告による名誉毀損の成否について

本件広告は、本件見出しと原告ら三名の顔写真のみから成り立っている一つの文書である。そして、本件広告の読者が必ずしも本件週刊誌を購入するなどして本件記事を読むとは限らないことからすれば、先に本件記事中の本件見出し及び本件写真による名誉毀損の成否について判断したように、本件記事の本文と併せてその趣旨を判断することはできず、本件広告のみで名誉毀損の成否の判断をしなければならない。

確かに、本件広告自体についてみると、原告の顔写真と相まって、二三〇〇億円の都税を滞納していながら、開き直って逆に都の税金Gメンを怒鳴りつけた者がおり、その中の一人が原告であるかも知れないという程度の印象を与えることは否定できない。

しかし、本件広告は、本来本件週刊誌の宣伝のためのものであって、それを見聞した者に本件週刊誌を購入してもらおうとの意図のもとに掲載されたものである。そして、この種の週刊誌の広告が、読者の購買意欲をそそるため、しばしばある程度の誇張や曖昧な表現をもってなされるものと、一般的に認識されているところからすれば、広告の見出しや写真のみを見て事実の有無を断定的に判断することはむしろ少ないと考えられる。

そうすると、一般読者の通常の注意と読み方を基準としても、このような週刊誌の広告の性質等も考慮に入れると、本件広告の意味内容が原告主張のとおりに一義的であるとは必ずしもいえず、本件広告が原告について前記のような印象を与えるからといって、いまだ原告の社会的評価を低下させるものとまでは認めることができない。

三  肖像権侵害について

1  何人も自己の容貌や姿態を撮影した写真をみだりに公表されない人格的な利益、いわゆる肖像権を有しており、原告は、その承諾なしに本件記事及び本件広告中に本件写真を掲載されたのであるから、肖像権を侵害されたといえる。

2  そこで、被告が主張する違法性阻却事由の有無について判断する。

個人の顔写真の掲載により肖像権が侵害された場合であっても、その違法性の判断においては、表現・報道の自由との適切な調整を図る必要があることから、当該写真の掲載が公共の利害に関する事項にかかわり、かつ、専ら公益を図る目的でなされ、しかもその公表された内容が右の目的に照らして相当なものであれば、右侵害行為は違法性を欠くと解するのが相当である。

これを本件についてみると、本件写真は、本件記事及び本件広告の中で都税に関する報道に用いられているところ、都税に関する事柄は公共の利害に関する事項にあたるものであり、その経済活動が世間の話題になっている原告の経営する桃源社が、都税多額滞納者のワーストテンに入っていることも、広い意味で公共の利害に関する事項に該当するのであって、被告の本件写真の掲載目的も専ら公益を図ることにあるといえる。

そして、本件記事及び本件広告中に掲載された写真は、いずれも原告の上半身、正面の顔写真であり、それ自体特に秘匿されるべき態様の写真ではない。

なお、原告は、特に本件広告について、「二三〇〇億円ないしそれに準ずる相当額の都税を滞納していながら、開き直って逆に都の税金Gメンを怒鳴りつけたり、これと同様の不誠実な対応をした者がおり、その中の一人が原告である」という意味にしか解釈できないとし、その事実に反する虚偽の本件見出しに添えて原告の顔写真を掲載することは、表現方法として極めて不当である旨主張するが、前記のとおり、本件見出しの意味内容は、必ずしも原告主張のとおりに一義的であるとはいえないのであって、本件週刊誌の宣伝のために本件見出しに原告の顔写真を添えて掲載したことが、公表の方法として相当性を逸脱しているとまではいうことができない。

したがって、被告が本件記事及び本件広告の中で本件写真を掲載したことは、違法性を欠くものと判断することができる。

四  結論

以上によれば、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官萩尾保繁 裁判官浦木厚利 裁判官市川智子)

別紙<省略>

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